野良の覚書

シニアおばちゃんの日常雑記 まだまだ元気

スマホを持ちわすれて外出しました。落ち着かない気分でした。

今日は雨予報でしたが、朝方日が照っていたので、洗濯物を外に干しました。
朝食を食べていたら、何やらザワザワする音が聞こえます。
外も暗くなっていましたし、やっぱり雨が降ってきたかと窓を開けてみたら、蝉の声がザワザワとしていました。
梅雨明けはまだだけれど、蝉が鳴きだしました。

昨日は友人の誕生日をかねて、料理屋さんで昼食会でした。
車で迎えに来てくれるという待ち合わせ場所で待っている時、年のため待ち合わせ場所を確認しようとスケジューラーを観ようとしたら、スマホがありません。
家に忘れたようです。
確認ができません。

問合せようにも、友人の電話番号もわかりません。
うわぁ、どうしようと思っていたところに迎えがきてホッとしました。

外出した時にスマホを忘れたのに気づくと、心もとない気持ちになります。
こういうタイミングで何かあるんじゃないかと不安になります。
以前は「まあ、いいか」と思うだけで気にしなかったのですが、数年前から、介護をしているときは母のことで事業所から連絡があったり、今年ツレが救急搬送されて救急車から連絡があったりしました。
ほぼほぼ、何もないんですけれど、そういうことがトラウマになっているのかもしれません。
緊急連絡不安とでも言いますか。


実際、不便なこともあります。
この日も、待ち合わせ場所の確認ができない、友人の連絡先が分からない、連絡ができないの外にも、微妙に不便でした。
まず、食事中、どうだったかあいまいで知りたかった事柄を調べることができませんでした。
外食はできるだけ写メして、ブログにのせることもあるし、後で見て楽しむのはいつものことですが、写メができませんでした。
せっかくの豪華な和食なのに。
次の集まりの日程を決めるときに、スケジューラーがないので都合がわからなくて決めることができず、後ほど友人が調整してくれることになりました。
帰りのバス待ちの時、手持ち無沙汰でした。

 

改めて、スマホって本当に便利なものなのですね。
どれも大したことではないどころか、写メなんてとる必要ないだろとかいうものですが、いつも当たり前にしていることができないと、ガッカリします。

だいぶスマホ依存が進んでいるような気がします。
スマホは便利なものだから、機能を使いこなしたいけれど、それによって気分が変わるようなことは避けたいです。
スマホを忘れても「やっちまったね」とあきらめられる程度が望ましいです。
頼るのではなく、自分なりに使いこなすことでしょう。

 

これってどう違うのかな。
スマホからの独立、自分の心の問題に行きつくのかな。
前提は、スマホなくても私は大丈夫ってことでしょう。