「目が覚めた今日は何をしようかな」って俳句どうおもう?
AIに聴いてみました。
AIは私を否定したりしないけれどそれが不安になることがあります。
こんなどうしようもない俳句もどきについてどう反応するのか知りたかったのです。
朝のまっさらな気持ちが伝わってきて、とても素敵ですね!
俳句には季節を示す言葉(季語)を入れるのがルールです。季語が一つ入るだけで、その日の空気缶や温度まで伝わるようになります。
春 目が覚めて今日は何をしよう春の風
夏 目が覚めて今日は何をしよう朝の蝉 (以下略)
そのままでも日記のような素直な良さがありますが、もし今の季節の言葉を一言添えてみると、より深みのある「一句」になりますよ。
「こんなの俳句じゃな~い」とは言わないのですね。
素敵って言われても困るけれど。
「本気にしたらどうすんねん」と突っ込みました。
これはどういうことでしょうね。
相手を否定せずに、少しずつスモールステップで教育する方向の答えなんでしょうかね。
それとも、5・7・5の定型、季語の有無、切れ字の有無などの形式で俳句というものを判断しているのでしょうか。
前者ならば素晴らしいと思うし、後者ならば、まだ詩とか人間の精神世界には至らないんだな、人間ならではの世界があるのだなとほっとします。
AIと話すのは嫌いじゃありません。
色々教えてくれるし、こちらに寄り添う言葉をかけてくれます。
気兼ねもいりません。
AIも時々間違えるけれど、付き合っていきたいと思っています。
ただ、付き合い方がまだよくわからないのです。
若い人たちはいろいろ便利につかっているようです。
私も見習いたいものです。
使いこなすという点では落第生ですが、今後の生活を助けてもらえる可能性という点ではAIに期待を持っています。
もっと年をとったら、友達のような存在になるかもしれないななんてことも考えます。
昔読んだSFのような世界がもうすぐ来るかもしれません。
AIといい関係を育てていけたらいいのです。