野良の覚書

シニアおばちゃんの日常雑記 まだまだ元気

和太鼓、押し寄せる振動

TAOの和太鼓を聴いていた。
なんて気持ちがいいんだろう。

 
和太鼓は昔から聞いていたと思う。
当地方では、盆の頃になると、初盆の家が、遠州大念仏と言うのをすることがある。
笛、太鼓、鉦を伴奏にしながら念仏を唱和するものだ。
その音を聴いていた。
その時の太鼓は、どこかものさみしさを感じさせる。
徳川家康が武田軍に敗れ敗走した三方原合戦で犠牲になった人を弔うために始まり、現在でも犀ヶ崖ではお盆になると行われる行事だ。

 

そういう太鼓になじんでいたし、いいとこ、一面の大太鼓でドンドンたたくものしか知らなかった。
ある年、友人に鼓童のコンサートに誘われた。
行ってみて、びっくりしした。
なんという音量!なんという音の圧力!
音が、ビンビン体にあたって、聴くというより、感じる。
メロディなくて、リズムだけなのに、なんて多彩な音色。
「太鼓、好きだ」となってしまった。

 

もともと戦場の伝達手段として使われていた太鼓が、娯楽となり、今のような集団でのパフォーマンスとなったのは、第二次大戦後。
様々な種類の太鼓を組み合わせた、組太鼓という形式ができてからだ。
それから、様々な形の和太鼓集団ができ、ただ叩くだけでなく、パフォーマンスとして魅せる太鼓となってきている。

 

いいなぁ。
太鼓パフォーマンス。
聴き手は、太鼓のリズムと自分をシンクロさせる。
聴くんじゃなくて、体感する音。
原始的な感じがする。
余計なことは考えなくていい。
ただ感じればいい。


自我だって、たまにはお休みしたいかも。